あなたのリスニングルームであなたがきいてみずから判断することが大切です。ショップや評論家の評価は参考程度にとどめた方がよいです。

あるオーディオ・ショップで、同一メーカーのスピーカー3種、小型・中型・大型を試聴し評価していました。

その結果、大型がいちばんいいという結果になりました。小型は低音がたりず、中型は全体的におとるという内容です。

この結果をよんで、その中型をもっている人がとても残念がりがっかりしていました。

しかしながら、スピーカーは、どのようなリスニング環境できくかによってなり方は大きくことなります。たとえば十畳以下の部屋できく場合は、大型スピーカーの音質がいくらいいといっても、ただしい音像定位やすぐれた音場がえられません。ショップその他の大きな部屋で大きな音量でならした場合は大型スピーカーがいいかもしれませんが、それが自宅のリスニングルームにあてはまるわけではありません。

たとえば十畳ぐらいの部屋なら中型スピーカーの方がバランスよくきける、六畳以下なら小型スピーカーこそが最適だということが実際には多いのです。大型にくらべて小型は低音がでないといっても、スピーカーにちかづいてきくことによって十分な低音がえられます。

大切なことは、自分のリスニング環境でみずから主体的に判断することです。ショップや評論家の評価は参考程度にとどめるべきです。あなたのリスニングルームであなたがきいて、みずから判断する。オーディオで音楽をたのしむときに重要なことはあなたの主体性です。他者を気にする必要はありません。




同様なことは音楽をきくときにもいえます。オーディオ・ライブにかぎらず音楽をきいて、その音楽についての音楽評論家の評価を真にうける必要はありません。

たとえばベートーベンの交響曲をフルトベングラーの指揮できくのと、小澤征爾の指揮できくのとではずいぶん演奏がちがいます。前世紀の日本の評論家でしたら、フルトベングラーをたかく評価し、小澤征爾をひくく評価したでしょう。しかしじっくり今日きいてみるとそのようなことは決してありません。フルトベングラーにはフルトベングラーの、小澤には小澤の解釈があります。ベートーベンの音楽はおなじ曲であっても、すぐれた音楽家がたとえば10人いると10とおりの演奏が可能です。

そもそも評価とは主観にほかなりません。個人の主観には普遍性はありません。だいたい、他者を評価する人はヘンな優越感にひたってうぬぼれているのです。

一番重要なことは、他者がどう言ったかではなく、あなた自身がどうおもったのかということです。極論すれば評論家は必要ないのです。音楽評論家は、ちょっとした音楽ガイドにすぎないとかんがえたほうがよいでしょう。